東京地方裁判所 平成4年(行ウ)211号 判決 1994年2月01日
英国領香港ヘネシーロード二五八カルテックスハウス二階
原告
チャン・ピーター・ポー・ファン
東京都目黒区東山三丁目二四番一三号
被告
目黒税務署長 中村直記
右指定代理人
野崎守
同
神谷宏行
同
内倉裕二
同
渡辺進
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告がいずれも平成二年六月二九日付けでした原告の昭和六三年分の所得税決定及び無申告加算税賦課決定を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求に趣旨に対する答弁
主文同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告の昭和六三年分の所得税につき被告が平成二年六月二九日付けでした短期譲渡所得金額及びこれに対する所得税額の決定(以下「本件決定」という。)及び無申告加算税賦課決定(以下「本件賦課決定」という。)並びに原告がした不服申立て及びこれに対する応答の経緯は別表「本件課税処分等の経緯」に記載のとおりである。
2 原告は、本件決定及び本件賦課決定に不服があるから、その取消しを求める。
二 請求原因に対する認否
請求原因1は認める。
三 抗弁
1 本件譲渡
原告は、昭和五八年五月六日、別紙物件目録記載の居宅(以下「本件家屋」という。)及びその敷地利用権たる本件家屋を含む共同住宅の敷地の共用持分一〇万分の九二五(以下「本件土地」といい、本件家屋と本件土地をあわせて「本件譲渡資産」という。)を、その妻と共同して(原告と妻との共有持分は平等)代金三八一九万円で購入し、昭和六三年二月四日、これをその妻と共同して有限会社コスモシティーに代金六〇〇〇万円で売り渡した(以下「本件譲渡」という。)。
2 本件譲渡による譲渡所得の金額
原告が本件譲渡の年である昭和六三年の一月一日に現在において本件譲渡資産を所有した期間は、昭和五八年五月七日から起算して五年に満たないから、原告の本件譲渡による所得は、租税特別措置法(以下「措置法」という。)三二条一項、同三項所定の短期譲渡所得に該当する。右譲渡所得の金額は、本件譲渡の代金である譲渡収入の金額六〇〇〇万円から、次の(一)の取得費及び同(二)の譲渡費用を控除した金額に、原告の本件譲渡資産の共有持分二分の一を乗じた一〇四一万一三六四円(一円未満の端数は切捨て)である。
(一) 取得費 三六八五万八〇八一円
右金額は、本件土地の取得費の額一三五二万四八二五円と本件家屋の取得費の額二三三三万三二五六円との合計額であり、右各取得費の額の計算根拠はそれぞれ次のとおりである。
(1) 本件土地の取得費の額 一三五二万四八二五円
右金額は、前記1の本件譲渡資産の購入代金の額三八一九万円に、本件譲渡資産の相続税評価額一〇七五万五九八七円に本件土地の相続税評価額三八〇万九一八七円が占める割合を乗じて算出した金額である。右各評価額の計算根拠は以下のとおりである。
<1> 本件土地の相続税評価額 三八〇万九一八七円
右金額は、本件家屋を含む共同住宅が所在する東京都目黒区中目黒一丁目四五六番地一外二筆の土地(合計一三七二・六八平方メートル、以下「本件敷地」という。)について、「相続税財産評価に関する基本通達」(平成三年一二月一八日課評2-4(例規)課資1-6による改正前の昭和三九年四月二五日付直資56、直審(資)17(国税庁長官通達)、以下「評価基本通達」という。)一三に定める路線価方式に従って、以下のとおり算出した金額である。
本件敷地の一平方メートル当たりの相続税評価額は、本件敷地が接する道路に設定された昭和五八年分の相続税の財産評価に係る路線価四〇万円に、本件敷地の奥行価格逓減率〇・七五(本件敷地の奥行きの距離は、その地積合計一三七二・六八平方メートルをその間口の距離二一・六メートルで除して、六三・五五メートルと算定されるから、評価基本通達一五により、この場合の奥行価格逓減率は〇・七五となる。)を乗じて算出した三〇万円となる。
したがって、本件敷地の相続税評価額は、右金額に本件敷地の地積一三七二・六八平方メートルを乗じた四億一一八〇万四〇〇〇円となり、本件土地の相続税評価額は、これに原告らが本件敷地に対して有する共有持分(一〇万分の九二五)を乗じて算出した三八〇万九一八七円となる。
<2> 本件譲渡資産の相続税評価額 一〇七五万五九八七円
右金額は、<1>の本件土地の相続税評価額三八〇万九一八七円に、本件家屋の相続税評価額六九四万六八〇〇円を加えたものである。
本件家屋の相続税評価額は、評価基本通達八九の定めに基づき、本件家屋の昭和五八年度分の固定資産税評価額六九四万六八〇〇円に同通達別表一の<3>に定める倍率一・〇を乗じて算出した金額である。
(2) 本件家屋の取得費の額 二三三三万三二五六円
右金額は、本件家屋の購入時における取得費の額二四六六万五一七五円から、原告らの保有期間に応ずる減価償却費の額一三三万一九一九円を控除した金額であり、本件家屋の購入時における取得費の額及び原告らの保有期間に応ずる減価償却費の額の計算根拠は以下のとおりである。
<1> 本件家屋の購入時における取得費の額 二四六六万五一七五円
右金額は、本件譲渡資産の購入価格三八一九万円から、本件土地の取得費の額を控除した金額である。
<2> 原告らの保有期間に応ずる減価償却費の額 一三三万一九一九円
原告らは本件譲渡による所得金額の計算につき減価償却の方法を定めていないから、所得税法九条一項、同法施行令一二〇条一号により、法定の減価償却方法で定額法によって、減価償却費を計算することとなる。
右金額は、<1>の本件家屋の購入時における取得費の額並びに次のとおり減価償却率及び原告らの本件家屋の保有年数を基礎として、定額法に従い、別紙「本件家屋の減価償却費の計算式」記載の計算式により算出した金額である。
ア 減価償却率 〇・〇一二
本件家屋は昭和五七年三月三〇日に新築された鉄筋コンクリート造りの建物であるから、その耐用年数は六〇年であり(原価償却資産の耐用年数に関する省令(昭和四〇年三月三一日大蔵省令第一五号)別表一)、かつ、原告らは、本件家屋を原告の息子の居住用の家屋として使用していたのであるから、非事業用資産に当たる。したがって、本件家屋の耐用年数は、所得税法施行令八五条の規定により、六〇年に一・五を乗じた九〇年となる。
右省令別表一〇によれば、耐用年数九〇年に応ずる定額法の減価償却率は〇・〇一二である。
イ 原告らの本件家屋の保有年数 五年
原告らの本件家屋の保有年数は、本件譲渡資産を購入した昭和五八年五月六日からこれを譲渡した同六三年二月四日までの四年九か月余であるが、所得税法施行令八五条二項二号によれば、右保有期間の計算にあたっては、六月以上の端数は切り上げることとされているから、本件家屋についての原告らの保有期間は五年である。
(二) 譲渡費用の額 二三一万九一九〇円
右金額は、原告らが本件家屋を有限会社コスモシティーに譲渡した際に伊藤忠ハウジング株式会社に支払ったとする仲介手数料一八六万円、収入印紙代六万円、司法書士に対する支払手数料と認められる四万円並びに原告らの東京での旅費及び滞在費用と認められる三五万九一九〇円の合計額である。
3 本件譲渡所得に対する所得税額
(一) 措置法三五条一項は、個人がその居住の用に供している家屋で政令に定めるもの又は当該家屋とともにその敷地の用に供されている土地若しくは当該土地の上に存する権利(以下「居住用財産」という。)の譲渡をした場合には、右譲渡による所得に対する措置法三二条の適用については、譲渡所得金額から三〇〇〇万円を限度として特別控除額を控除した額に対してされることを定めているが、右規定は、居住用財産を譲渡した日の属する年分の確定申告書に、右規定の適用を受けようとする旨及び右規定に該当する事情の記載があり、かつ、当該譲渡に係る譲渡所得の金額の計算に関する明細書その他大蔵省令で定める書類の添付がある場合(同条二項)又は確定申告書の提出がなかった場合でもその提出のないことについてやむを得ない事情があると認めるときで、右の記載がある書類並びに右明細書及び大蔵省令で定める書類の提出があった場合(同条三項)に限って適用されることとされている。
(二) 原告は昭和六三年分の所得税の確定申告書を提出しておらず、また、次の(1)ないし(7)の本件決定に至るまでの原告と担当係官との応答の経緯からして、確定申告書を提出しないことについて原告にやむを得ない事情があるとは認められないし、その点をおいても、次の(三)のとおり、本件譲渡資産は措置法三五条一項に定める居住用財産に当たらないから、いずれにしても、本件譲渡については、措置法三五条一項は適用されない。
(1) 東京国税局の有賀友二総括主査(以下「有賀係官」という。)は、原告から昭和六三年九月二四日付けの手紙によって本件譲渡に伴う税負担額について問い合わせを受けたことから、平成元年二月二〇日付けで、昭和六三年分の確定申告書用紙、確定申告の手引き(英語版)、税額表及び本件譲渡所得の明細についての照会回答書の用紙(「譲渡内容についてのお尋ね」と題する書面である。以下「本件回答書」という。)を原告宛てに送付した。
原告は、平成元年三月七日付けで有賀係官宛てに文書を送付したが、これには、所定の事項を記入した本件回答書のみが同封されていた。その記載によれば、原告は、本件譲渡による所得の金額の計算上、措置法三五条一項を適用して特別控除額一八五五万三〇七〇円を控除し、分離課税の短期譲渡所得の金額を零円として計算していた。
(2) そこで、有賀係官は、原告に、国際電話で本件譲渡による所得の金額の計算には措置法三五条一項は適用できないこと及び原告らには所得税の申告義務があることを伝えたうえ、右国際電話での説明内容の確認のため、平成元年三月一三日付け文書を原告宛に送信し、さらに同月一一日付けで「昭和六三年分の所得税の確定申告の手引」の写し及び原告らが申告すべき所得金額、所得税額等を記載した確定申告書用紙を原告に送付した。
(3) その間、原告から平成元年三月一三日付け文書がファクシミリで送信され、また、同月一一日付け文書が郵送されてきたが、これらには、本件譲渡資産は、措置法三五条一項に規定する居住用財産に当たるから特別控除額が控除されるべきであると記載されていた。
(4) 有賀係官は、昭和六三年分の所得税の確定申告書の提出期限である平成元年三月一五日が経過しても、原告の確定申告書が提出されなかったため、平成元年四月一九日付け文書で、原告に確定申告書の提出がない理由を問い合わせたが、原告は、同月二四日付けで文書で、平成元年三月一二日付けで昭和六三年分の所得税の確定申告書を提出したと回答した。
(5) 徳永匡子調査官(以下「徳永係官」という。)は、同年一一月六日付け文書に確定申告書用紙四枚を同封して、原告に確定申告書の提出を催促したが、原告は、同月一八日付け文書で、既に確定申告書は提出したこと及び本件譲渡資産は原告らの日本における唯一の住宅であることを回答してきた。
(6) 徳永係官は、平成元年一一月二二日付けで、原告による確定申告書の提出が確認できないこと及び本件譲渡資産については措置法三五条一項が適用できないことを記載した文書を、同条、同法施行令二三条の規定並びに同法通達三五-二及び同三五-三の写しを同封して、原告宛に送付したが、同年一二月四日付けの原告からの文書においても、前回までの原告の主張が繰り返されるにとどまった。
(7) 更に、徳永係官は、同月五日付文書で、子供が大学通学用に居住していた家屋は措置法三五条一項に規定する居住用財産には該当しないとする事例を解説した「昭和六二年版回答事例による資産税質疑応答集」二九七ページ(二四八扶養親族の居住の用に供している家屋の譲渡(1))の写しを原告に送付したが、原告からは、同月二一日付け文書で、かかる事例は本件譲渡資産の譲渡のケースにあてはまらないとする回答がされただけであった。
(三) 措置法三五条一項の定める居住用の財産の譲渡とは、納税者自身がその生活の本拠地として、相当の期間、現に居住の用に供するという具体的な居住の事実を伴う家屋の譲渡をいうものと解されるところ、原告は、肩書住所地を生活の本拠とする者であり、本件譲渡に至るまでの間に本件家屋を生活の本拠として居住したことはなく、本件家屋には、原告らの息子が東京の大学に在学中の間居住していたにすぎない。したがって、本件家屋は、原告らがその居住の用に供している家屋に当たるものでもない。
(四) 右のとおり、本件譲渡には措置法三五条一項は適用されないから、原告の納付すべき所得税の額は、右(二)の分離課税の短期譲渡所得の金額一〇四一万一三六四円から基礎控除額三三万円を控除した金額一〇〇八万一〇〇〇円(国税通則法一一八条一項の規定により一〇〇〇円未満の端数を切り捨てた後の金額)に、昭和六三年法律第一〇九号による改正前の措置法三二条一項所定の一〇〇分の四〇の割合を乗じて算出した金額四〇三万二四〇〇円であり、これは本件決定によって納付すべきものとされた税額と同額であるから、本件決定は適法である。
4 無申告加算税額
原告は、右3(一)のとおり、納税申告書を提出する義務があると認められるにもかかわらず、所得税法一二〇条の定める確定申告書を同条一項に規定する期限内に提出せず、本件決定がされたものであり、かつ、原告には、期限内に申告書の提出をしなかったことについて、国税通則法六六条一項但書の定める正当な理由があるとは認められないから、同条一項一号の定める場合に当たる。
本件賦課決定における無申告加算税の額は、本件決定により納付すべきこととなった税額四〇三万円(同法一一八条三項の規定により一万円未満の端数を切り捨てた金額)に、同法六六条一項の規定に基づき、一〇〇分の一五の割合を乗じて計算した金額である六〇万四五〇〇円となるから、これと同額を賦課した本件賦課決定は適法である。
三 抗弁に対する認否
1 抗弁1の事実は認める。
2 同2の事実は原告において明らかに争わない。
3(一) 同3(一)の事実は原告において明らかに争わない。
(二) 同3(二)の事実のうち原告が昭和六三年分の原告の所得に係る確定申告書を提出していないこと及び原告から確定申告書の提出のないことについてやむを得ない事情がないことは否認し、本件譲渡には、措置法三五条一項が適用されないとの主張は争う。その余の事実は原告において明らかに争わない。
(三) 同3(三)の事実のうち原告が肩書住所地を生活の本拠とする者であること及び本件家屋には原告らの息子が東京の大学に在学中の間居住していたことは認め、その余は否認する。
(四) 同3(四)の主張は争う。
4 同4の事実は否認する。
四 原告の主張
1 原告は、平成元年二月頃、東京国税局から本件回答書用紙などの書類の送付を受けたので、同年三月頃これらの種類全部に所定の記載をして東京国税局に郵送した。原告は、このとき、確定申告書を含め、東京国税局に提出すべき書類は全て提出したのである。原告が本件回答書によって照会事項に全て回答し、本件譲渡の内容を詳しく記載していることからも明らかなように、原告には納税義務を免れようとする意図はなく、原告が確定申告書を提出しないことによって得る利益など何もないのであるから、原告が確定申告書を提出しないことなどあり得ない。
被告は、本訴において原告から東京国税局に送付された書類を証拠として提出したが、その中には、原告が以前に東京国税局に送付した書面一通(甲第一号証はその写しである。)が含まれていない。その書面は本訴で問題とされている確定申告書である。
仮に、原告が東京国税局に確定申告書を提出したことが認められないとしても、原告は、東京国税局から送付されてきた本件回答書用紙の照会事項の全てについて当局が示した記載例に従って回答したのであり、かつ、本件譲渡による原告の所得は三〇〇〇万円を超えないのであるから、このような場合に原告に確定申告書の提出を要求するのは不公平で誤った措置であり、原告には確定申告書を提出しなかったことについて正当な理由があるというべきである。
2 措置法三五条一項の定める居住用財産というためには、必ずしもその家屋に納税者本人が居住することは必要ではなく、納税者の家族がそこに居住していれば足りると解すべきである。このことは、長期入院していたり、単身赴任中である者がその家族が住む家屋を譲渡した場合には、措置法三五条一項が適用されていることからも明らかである。
本件譲渡資産には、原告の息子がその大学在学期間中に居住していたのであるから、右資産は措置法三五条一項にいう原告の居住用の家屋に当たるというべきである。
第三証拠
本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一 請求原因1及び1の事実は当事者間に争いがなく、原告は抗弁2の事実を明らかに争わないのでこれを自白したものとみなされる。
二 本件譲渡所得(その額は一〇四一万一三六四円)について措置法三五条一項の規定の適用があるかどうかについて検討する。
1 措置法三五条二、三項は、同条一項の規定の適用を受けようとする者が、資産を譲渡した日の属する年分の確定申告書に、同項の適用を受けようとする旨及び同項の規定に該当する旨の事情の記載をした場合に適用されること並びにその者が確定申告書を提出しなかった場合には、税務署長がその提出がなかったことについてやむをえない事情があると認める場合に適用することができることを定めている。しかしながら、いずれも成立に争いのない乙第一〇号証の一、第一一号証の一、第一五号証の一、第一七号証の一及び弁論の全趣旨によれば、以下のとおり、原告は、平成元年三月七日有賀係官から送付を受けた確定申告書用紙と本件回答書用紙のうち本件回答書のみを同係官宛に返送したものであり、昭和六三年分の所得に係る確定申告書はこれを記載して郵送することをしなかったと認めるべきである。
原告が平成元年三月七日付けで有賀係官に宛てた書簡(成立に争いがない乙第三号証の一)を送付したこと及び右書簡に本件回答書(成立に争いがない乙第三号証の二)が同封されていたことは当事者間に争いがない。原告は、右書簡に本件回答書とともに確定申告書をも同封して送付したと供述し、右乙第三号証の一には確定申告書(the tax return form)を同封したとの記載が、平成元年一一月一八日付けの原告の徳永係官宛の書簡(成立に争いのない乙第一六号証の一)には原告は既に確定申告書を提出したとの記載が、それぞれされている。
しかしなから、原告本人尋問の結果によれば、右書簡と本件回答書は航空書留郵送で送られたことが認められるから、仮に確定申告書がこれに同封されていたとすれば、右書簡と本件回答書が東京国税局に到達して、確定申告書だけが到達しなかったという状態は起こり得ない。また、東京国税局に到達した確定申告書と本件回答書のうち確定申告書のみが紛失するということも通常考えられない。
そして、乙第三号証の一(その翻訳文は乙第三号証の四)によれば、原告が平成元年(一九八九年)三月七日付けで有賀係官宛てに送付した「件名 一九八八年分日本の確定申告書提出について」と題する書面には、二月二〇日付けの有賀係官の手紙に基づき、正当に作成した確定申告書を同封した旨記載されているが、乙第三号証の二、三(乙第三号証の三の翻訳分は、同号証の四)及び弁論の全趣旨によれば、右原告の書簡には、本件回答書のみが同封されていたことが認められる(仮に確定申告書もこれに同封されていたとすれば、被告が、その同封されていたことを否定することは考えられない。)原告は、その本人尋問において、この書簡に確定申告書も同封したとの趣旨のことを述べるのであり、これらの事実に、原告は、本件譲渡には措置法三五条一項が適用されるので、確定申告書を提出する必要はないと考えていたこと(原告本人尋問の結果により認める。)を総合すれば、原告は、有賀係官からの照会に対し、本件譲渡について所得税は発生しないと考え、我が国の税法上不動産の譲渡によって生じた所得について所得税が課せられない場合には確定申告をする必要がないという誤った解釈を採り、その解釈の下に、不必要であると考えられる確定申告書を敢えて作成せず、本件回答書のみに所要事項を記載して同係官に送付したものと認めるのが相当である(原告は、香港において会計士を職業としている者であり、我が国の言語に全く不案内という訳ではないから、他国のものとはいえ、確定申告書の書式と、所得に関する照会書の書式とを混同することがあるとは到底考えられない。)そうすると、原告の右供述は採用し難く、原告が確定申告書を提出しなかったものと認めるべきである。
2 本件においては、以下のとおり、原告に措置法三五条三項所定の確定申告書を提出しなかったことについてのやむをえない事情があるとも認められない。
すなわち、原告は、確定申告書を提出したことが認められないとしても、本件回答書を提出しており、かつ、原告の譲渡所得は三〇〇〇万円に満たないから、原告に確定申告書の提出を要求するのは不公平で誤った措置であるとの趣旨の主張をするが、このうち、本件回答書が提出されている以上確定申告書の提出を要求すべきでないとの主張については、措置法三五条二項は、確定申告書の提出を同条一項を適用するための要件として規定しており、措置法の適用を受けるための申告書面と単なる質問に対する回答書面とでは、その文書の作成者の意思が決定的に異なっているから、本件回答書の提出をもって同条一項の適用を受けるための確定申告書の提出と同視しうることにはならず、原告の主張する見解を採用することはできない。
また、原告の譲渡所得が措置法三五条一項の特別控除額の上限である三〇〇〇万円に満たないから、確定申告書の提出を要求すべきでないとの主張については、そうであるからといって、確定申告書を提出しなくても措置法三五条一項が適用されることになるわけではないから、右の主張はそれ自体失当であるといわなければならない。
3 なお、本件譲渡資産は、以下のとおり居住用財産に当たるものでもない。
(一) 措置法三五条一項は、居住用財産の譲渡は新たな居住用財産に買い換えるために行われることが通常であるところから、旧資産の譲渡所得に対する租税負担を軽くすることによって、新資産の購入を容易にするとの趣旨で設けられた規定である。このような法の趣旨に鑑みれば、同項所定の居住用財産とは、納税者自身が、その生活の本拠として、相当の期間、現に居住の用に供している家屋をいうものと解すべきである。
(二) 本件譲渡資産には原告の息子が大学在学中に居住しており、原告自身はこれに居住したことのないことについては当事者間に争いがない。右事実に照らせば、納税者である原告自身が本件家屋を生活の本拠として、現に居住の用に供したとは認めることはできないから、本件譲渡資産を、措置法三五条一項の居住用財産ということはできない。
(三) これに対し、原告は、長期入院していたり、単身赴任中である者がその家族が住む家屋を譲渡した場合、その譲渡所得については措置法三五条一項が適用されていることなどを理由として、納税者の家族が居住していれば納税者自身が居住していなくても居住用の財産に当たると主張する。
転勤や転地療養等のような一時的な事情により、納税者が家族と離れて単身で他に起居している場合には、家族の居住する家屋の譲渡について措置法三五条一項を適用するとの取扱いがされていることは当事者間に争いがない。
しかしながら、転勤者や転地療養者は、療養等の必要がなくなれば、家族が居住する家屋に戻って家族とともに居住するのが通常であり、家族が居住していた旧家屋を譲渡する場合には、新家屋を購入し、そこに、納税者自身が、療養等の一時的な事情が止んだ後に、家族とともに居住するであろうことが予想されるのであり、右のような取扱いは、このような場合について措置法三五条一項を適用するというものである。そして、右のような取扱いがされているからといって、納税者の家族が居住している財産は全て措置法三五条一項所定の居住用財産に当たると解すべき理由にはならないから、原告の右見解は採用できない。
4 そうすると、原告は、右一のとおり、措置法三五条一項の適用による控除の有無を除き、被告の主張に係る原告の昭和六三年分の分離課税の短期譲渡所得の金額及び納付すべき所得税の額を明らかに争わないからこれを自白したものとみなされるので、原告の昭和六三年分の分離課税の課税短期譲渡所得の金額は一〇〇八万一〇〇〇円となり、その納付すべき所得税の額は、本件譲渡に措置法三五条一項が適用されないものとして算定された四〇三万二四〇〇円となる。そして、本件決定における原告の昭和六三年分の分離課税の課税短期譲渡所得の金額及び納付すべき所得税の額は、右各金額と同額であるから、本件決定は適法である。
三 本件賦課決定の適法性について判断する。
1 右二のとおり、原告は、昭和六三年分の納税申告書を提出する義務があると認められるにもかかわらず、所得税法一二〇条の定める確定申告書を、同条一項に規定する期限である平成二年三月一五日までに提出しなかった。
2 無申告加算税は、深刻納税制度を維持するためには、納税者が期限内に自主的に適正な申告をすることが不可欠であることから、申告書が期限内に提出されなかった場合にこれに対する行政上の制裁として課されるものである。したがって、国税通則法六六条一項但書の「正当な理由」とは、期限内に申告ができなかったことについて納税者に責められる事由がなく、このような制裁を課することが不当と考えられる事情のある場合をいうものと解すべきである。
本件において、原告が確定申告書を提出しなかった事情として考えられるものは、原告が不動産の譲渡について所得税の課せられない場合には確定申告書を提出する義務がないと誤解したか、あるいは、本件回答書を提出した以上、確定申告書を提出する義務はないと考えたかのいずれかである。しかしながら右のいずれの場合であっても、それは、原告が我が国の法令を誤って解釈したことによって生じた事情に過ぎない。そのような事情は、期限内に申告ができなかったことについて納税者に責められる事由がなく、このような制裁を課することが不当と考えられるようなものということができないものであって、原告に国税通則法六六条一項但書の「正当な理由」があるということはできない。
3 そうすると、国税通則法六六条一項一号の場合に当たるものとしてされた本件賦課決定は合理的な根拠に基づくものであり、かつ、本件賦課決定における無申告加算税の額は、本件決定により納付すべきこととなった税額四〇三万円(同法一一八条三項の規定により、一万円未満の端数を切り捨てた金額)に、同法六六条一項の規定に基づき、一〇〇分の一五の割合を乗じて計算した金額である六〇万四五〇〇円に相当するから、本件賦課決定は適法である。
四 結論
以上のとおり、本件決定及び本件賦課決定はいずれも適法であり、原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 中込秀樹 裁判官 橋詰均 裁判官 武田美和子)
別表
本件課税処分等の経緯
<省略>
物件目録
所在 東京都中目黒一丁目四五六番地一、同番地一一、同番地一二
構造 鉄骨鉄筋コンクリート・鉄筋コンクリート造陸屋根地下一階付一〇階建て
(専有部分)
家屋番号 中目黒一丁目四五六番地一の二二
建物の番号 六〇五
種類 居宅
構造 鉄筋コンクリート造一階建
床面積 六階部分 六一・七四メートル
本件家屋の減価償却費の計算式
本件家屋の購入時における所得価額×0.9×減価償却率×保有年数=減価償却額
24,665,175 ×0.9×0.012 5=1,331,919円